阿美の本棚

阿美の好きな書籍の言葉や、最近好きな「鬼滅の刃」に関するレビューや考察(ネタバレしています)を書いています。

メイド・イン・ホンコン(香港製造)

(チャウ)

おれの名前は中秋(チョンチャウ)、学校は中退した。原因の半分は成績が悪かったから。あとの半分は教育制度が悪いからだ。これはおれのせいじゃない。そのおかげで進学できないやつが大勢いる。おれたちみたいな落ちこぼれは、まともな職に就くことはできない。毎日遊び歩いて、その行く末がどうなるかって?だいたい想像つくだろう?やることといえば、公園でバスケをやるかケンカに加わるか、ヤクザ社会に首をつっこむかだ。

(チャウ)
香港のやつらは障害者に冷たい。ロンは、学校からもあぶれ、働く事もできず、家にも帰れない。わずかな持ちものをすべて黒いビニール袋に入れて持ち歩き、その辺で寝ている。いわゆるホームレスってやつだ。

(チャウ)
ロンを助けなきゃいけない。それにしても、おれはなんでこんなに必死でロンを守るんだろうな。母さんは、こんなおれを変だと思うかい?
なぁ、母さん。
でも母さんが、これまでになにかと口にしてきたことは正しかったよ。母さんはことあるごとに「人には宿命が」と言っただろう?ロンが遺書を拾ってから、悪いことがつぎつぎと起きた。口では説明しようのないことが次々と――。

(チャウ)
生意気な顔は、おれら不良と変わらないけど、笑った顔は天使みたいにあどけないペン。泣いている顔は…どうにも表現しようがなく、ただやりきれなく悲しくて愛しかった。すぐそばへ駆け寄って抱きしめてやればよかった。同情とか、哀れみとかじゃなくて、切実に生きていてほしい。おれの前からいなくならないでほしい。そんな思いでいっぱいだった。

(ペン)
チャウはどうしようもない男だけど、なにかを持っている。それがなにかはわからない。とてつもない悲しみと切なさを両手一杯に抱えながら、振り返らずにひたすら走っている。振り返ったり、立ち止まったりしたら涙がこぼれてしまうから。そう、あたしたちは涙よりも早く走らなくちゃいけない。走って走って、その先にはなにがあるの?あたしたちはきっと似ている。

(ロン)
「怖いよ。チャウ、助けて」
ぼくは心のなかで叫び続けた。いつもの学生が三人、ぼくを追いかけてくる。三人ともまだ成長しきっていない小学生のような細いからだ。体重なんかぼくの半分くらいだろう。なのにぼくは逃げ回る。ぼくの脳は「やっちまえ」じゃなくて「逃げろ」と命令するんだ。

(ロン)
ぼくのため――なかなかいい響きだ。チャウはぼくを思ってくれる。でも本当はこの言葉はあまり好きじゃない。ぼくが小さいころ、父さんと母さんはよく言い合いをしていた。
「ロンのためを思ってやったことなのよ」「お金がかかるのはロンのためだからしょうがないでしょ」ってね。で、結局、父さんと母さんは「ぼくのために」別れ、母さんは「あなたのために、ずいぶん犠牲になったわ」と言うのが口癖になっていた。ぼくは新しく家にやってきた若い男にずいぶんイジメられたけれど、それよりも、母さんがぼくを悲しい目で見る方がずっといやだった。
だから家を出たんだ。

(ロン)
チャウはとてもやさしい。こんなにやさしいチャウが不良だなんて、世の中、間違ってる。ぼくが今まで会った人のなかで、チャウがいちばんぼくをわかってくれる。父さんより、母さんより、施設の先生より。

(チャウ)
誰にでも、それぞれに悩み事があるんだ。
ロンやペンにも。自殺したサンにも。おやじの右腕を切り落としたあいつにも。
おれは母さんを探して、街をさまよった。
大人は無責任だ。都合が悪くなると姿を消す。父さんも、母さんも。ナイフで切り裂いて連中の心臓の色を見てみたくなる。きっと――腐った色だろう。

(ペン)
サンに呼ばれてここまで来た。ここに来れば、なにかがわかると思った。
(中略)
わたしはだんだん息苦しくなって、泣きたい気持ちになってきた。あたしもこのままここに埋まってしまうことになるかも。そうしたらあなたに会えるの、サン?そうしたらあなたの話を聞かせてくれるの、サン?そうしたら、あたしたちは友だちになれるわよね?

(ペン)
「サーン、現れてくれー!」
本当に返事が聞こえたりしても、きっと驚かない。サンに会いたくて、あたしたちは何度も何度も声をはりあげる。エコーがかかったあたしたちの声が、空のサンに届けばいい。

(ペン)
「ローン!」
こっちを向いたロンに、あたしはスカートをめくって見せた。たいした意味は無い。ただこうした
くなっただけ。今日はいているのは白いパンツ。ロンは数秒間あっけにとられ、そのあとすぐに鼻血を吹き出した。おかしなロン。おろかなロン。あなたにとって、この世は汚れすぎている。ここはきっと天国に続く場所。そう、あなたが連れてきてくれた。

(ペン)
あたしはからだにつないであった透析液の袋をバッグから取り出して、窓の手すりにそっとぶらさげた。透明の液に陽射しがふりそそいで、けっこういい眺め。
あしたはゆっくりとチャウの心臓に耳を近づけた。規則正しいリズムが体温を通して伝わってくる。ここがあたしの居場所。このままずっと。
看護婦さんは触っちゃいけないって言ったけど、チャウは許してくれるよね。できればあなたが目を開けるまでいたかったけど、もう限界みたい。
もう一度、笑い合いたかった。
もう一度、肩を抱いてほしかった。
もう一度、キスしたかった。
でも、約束。あたしが死んだら抱いてね。あたしはチャウの鼓動を聞きながら、そっと目を閉じた。サン、チャウを返してくれてありがとう。あなたが呼んでいるのはあたし。もうすぐ、いくからね。

(ロン)
チャウはいつも、おじいさんやおばあさんにやさしかったでしょ?だからぼくも真似をしたんだ。チヤウはぼくの憧れだから。

(ロン)
「やるしかないだろう」これが、ぼくがこの世で最後に聞いた言葉。ふたりがぼくの重たいからだを海に投げ込んだ。冷たい冷たい海。からだがしびれてきて辛かったけど、だんだん気持ちよくなってきて、そのうちにぼくは空へと昇っていった。
チャウ、もう会えない。今までのこと、お礼も言わないでごめん。それからもうひとつ、言っておかなくちゃいけないことがある。天国へ昇る途中、ペンと会ったよ。チャウ。どういうことだろう。
チャウがひとりになっちゃうじゃないか。

(チャウ)
こんなことになるとは思ってもみなかった。サンがなんであんなことをしたのか、わかり始めた気がする。行き場がなくなったときの唯一の選択技。飛べばいい。怖くはない。死ぬのにさほど勇気はいらないんだ。一歩踏み出す。それだけのこと。夢に出てきたサンが、やってみせてくれたじゃないか。
(中略)
でも、やっぱり「言うは易し、行うは難し」だ。おれは、空に舞うことはできなかった。それに、憎いやつはウィンだけじゃない。

(チャウ)
おやじは若い女と人生をやり直している。消えたおふくろも同じことだ。政府は「人生は二度ない」と。ウソっぱちだ。「おとなのウソ」だ。大人はすぐにウソをつく。おふくろが出ていった日は途方にくれたけど、いまからはもう平気だ。自分がなにをすればいいのか、ちゃんとわかって
る。

(チャウ)
二日後におれの死体がみつかった。サツもマスコミもいなかった。見苦しい死体でもない。空には小鳥たちがさえずり、無邪気な子どもたちがはしゃぎながら、おれの顔やからだをつついていた。
ペン、よかったな。おふくろさんがここに眠らせてくれたのか。傷だらけのからだで、ここまで来るのはけっこうたいへんだった。でも、人間、死ぬ気になれば何でも出来るのは本当だ。母さんが言った通りだ。

(チャウ)
サンはペンの夢にも現れていた。濃厚な死の匂いに、おれたちは惹かれていたんだ。やるせない気持ちで、その下のスペースを埋めた。
ふたりの女の子へ。きみたちふたりを知ってから、おれはきみらにとりつかれた。この世は不公平だね。死ぬべきやつが死なないで、死んじゃいけない子が死ぬんだ。でもきみたちは幸せだ。きみたちを愛している家族がいる。やっとわかったんだ。おれは社会の厄介者だ。死んだ方がいい。おれの同類も皆死ねば社会は平和になる。素晴らしいと思わないか。ペン、おふくろさんが言った。若くして死んだ者は永遠に若いって。永遠の愛を。中秋月餅――チャウ」