山本周五郎作品
(花筵より) 「自分は良人(おっと)を愛した、良人は自分を愛してくれた」お市はこう呟いた、「あのとき良人は自分の諄(くど)い質問に対して、つきつめていえば夫婦が一心同躰だということも本当ではない、人間どこまでいっても孤(ひと)りなんだと云った…
――おれはこの人たちになにをしてやった覚えもない、と栄二は繰返し思った。しかもこの人たちはおれのために心配し、こんなにいたわったり慰めたりしてくれる、それも気まぐれやお義理なんかじゃない、まるでしんみのきょうだい同様じゃないか。栄二は初めそ…
「人間が悲しいのは、あとになって自分がばかなことをしたと気づくことだ、けものはそんなことは気づきゃあしないがね」 悪い人間が一人いると、その「悪」はつぎつぎにひろがって人を毒す。いちど悪に毒された者は、容易なことではその毒からのがれ出ることが…
(青べか馴らしより) わたしの心の中にあたたかな愛情がわきあがった。そんなにもぶざまな格好の、愚かしげなべか舟はほかにはない。そのために嘲笑され、憎まれているのだが、それはそんなふうに造った者が悪いので、彼女自身には責任のないことである。彼…
(役人にかよい治療停止の命令が出たことに対して赤ひげが保本登に向って言う言葉。)「いや、なにも云うな、お前がどう思おうと構わぬ、誰がなんと思おうと構わない、たとえこれがばかげた愚痴であろうとも、おれは生きている限り喚きたててやる、お、―」私…
*** 柳橋物語より *** 「人間は調子のいいときは、自分のことしか考えないものだ。自分に不運がまわってきて、人にも世間にも捨てられ、その日その日の苦労をするようになると、はじめて他人のことも考え、見るもの聞くものが身にしみるようになる」 「人間は正…